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渡米修行レポート(2)〜ST氏の場合
なんちゃってJKDマンの渡米体験記
はじめに
私は、半年前より名古屋支部でJKD修行に励んでいる29歳の会社員です。それまで格闘技はおろか海外旅行の経験さえもありませんでした。そんな自分が何を思い立ったか昨年末、大胆にもイノサント・アカデミーでの渡米修行を敢行してしまいました。
私自身もそうですが、ブルース・リー師祖や中村頼永先生に強い憧れを抱きJKDを始めてみたものの、格闘技経験がないばかりに苦労が耐えず、不本意ながら「なんちゃってJKDマン」になってしまっているという方も多いかと思います。そんな自分と同じ境遇で渡米修行を希望されておられる方にとって少しでも参考になればと思います。
L.A.にて
師走の慌ただしい時期、何とか仕事にキリをつけ、名古屋空港を出発。途中、バンクーバーを経由し、合計約15時間のフライトを終えて無事L.A.に到着。初めての海外ということもあり非常に緊張し、結局、機内では一睡も出来ませんでした。しかし、これからの希望に満ちた数日間を想うと眠気などみじんも感じられません。空港からのシャトルバスに乗り、渡米修行者にはおなじみの「FURAMA HOTEL」で、本HP編集長の田中幹人氏と初対面。はじめましての挨拶を交わしたところ、衝撃的な事実を知らされました。
ナ、ナント中村先生が体調を崩され、まだ日本からL.A.に戻ってきていない! 今のところ、予定では自分の滞在最終日にこちらに帰ってくるが、それも確実ではないとのこと。あまりのショックに、ビルジーを喰らったかのように目の前が真っ暗になってしまいました。しかし、せっかく来たのだからやれるだけのことはやろう、と気持ちを取り直してJKDの聖地イノサント・アカデミーへ。
ホテルから歩いて5分とかからないアカデミーの入り口を入ると、そこはJKDに関わる者にとっては夢のような世界でした。所狭しと壁に掲げられた写真や免状の数々、雑誌やビデオ等でおなじみのリングやサンドバッグetc・・・。しばらく、そこでボンヤリとしていたい衝動に駆られましたが、そんな暇もなくさっそくJUNFAN1の授業開始!
パートナーになっていただいた田中編集長はバリバリの実践派だけあって、その一撃一撃は鋭く、なんちゃってJKDマンの自分は面食らうばかりでした(それでも、相当手加減してくれたんだろうなぁ)。続いての修斗クラスではフラフラになり足がもつれる有様。こうして、何が何だかよく分からないうちに1日目の練習が終わってしまいました。
2日目以降も、練習で打ちひしがれる日が続きました。なかでも、女性との、マススパーリングではボコスコにされた挙げ句、「アナタお尻を蹴ったでしょう!」などと言いがかりをつけられセクハラ呼ばわりされる始末(ボクシングのスパーリングで足など使わんっちゅうの、まったく!)。(ハタから見ていた者として意見を言えば、相手が空振りしたところに勢い良く突っ込んでいくST氏のヒザがお尻に当たったことを言っているのでは...まあ、あれでセクハラ呼ばわりされるのはかわいそうです。-田中-)
中村先生に会えないばかりか、練習でもロクな目にあわず、その上、旅の疲れも出てきて気分は落ち込む一方。また、よく見ればL.A.の空も思ったほど青く晴れておらず雲がかってるし。「俺こんなとこまで来て、一体何やってんだろう…」そんな思いが頭をもたげはじめ、口数も次第に少なくなっていきました。
そんな自分を見かねて、現地在住の坂田安弘さんが、せっかく来たのだからとL.A.のいろんなところを案内してくださいました。チャイナタウンの道場跡地(左写真,筆者と坂田氏)やハリウッドのウォーク・オブ・フェイム(冒頭写真)など、ずっと行きたいと思っていたところに連れていっていただきました。また、アカデミーの先生方も非常に親切で、一人で何も出来ず困っている自分に、特に気を使って指導していただきました。そんな皆さんの暖かさにふれ気分も次第に晴れわたり、気がつくと空も抜けるような青さになっていました。こうなると、今まで辛いばかりだった授業も楽しくなり、他の生徒の方々とも沢山、親しくなれました。
また、不思議なことに良いことがあると重なるもので、自分の練習のない時間にアカデミー内をウロウロしていると、建物内の一室から、あの“JKD界の生きる伝説”ダン・Dイノサント師父が姿をあらわされました。最初は躊躇しましたが、思いきって話しかけてみました。自分は日本から来たI.U.M.A.のメンバーであることや、お目にかかれて光栄に感じていることなど、一生懸命に話す自分の一言一言に耳を傾けてくださいました。さすがに師から醸し出される雰囲気は味わい深く、後光がさしているように感じられました(緊張で舞い上がりつつも、抜け目なく記念撮影に成功!!)。
感激のあまり、放心状態でホテルに帰ってみると、更に嬉しい知らせが飛び込んできました。中村先生がL.A.に戻ってみえたとの知らせ。
「やっと、このL.A.の地で先生に会える!」
その時のうれしさはとても私の拙い文章力ではあらわすことが出来ません。
滞在最終日の夜、中村先生ご夫妻や阿部剛士先生(お会いできると思ってなかったので大感激!)、安部“ナリタ”義広さん達と夕食をご一緒させていただきました。このようなI.U.M.A.の中枢をなす方々に混じり自分がいること自体が夢のようで信じられませんでした。渡米の最後の最後で至福の一時を過ごさせていただきました。帰りは、中村先生のご好意に甘え、あつかましくも先生の車で空港まで送っていただきました。別れ際に先生からいただいた励ましの言葉は一生忘れません。
思い返すに、今回の渡米はたくさんの方々の協力があったからこそ実現できたものです。先にも述べました現地の方々以外にも、準備段階の細かい疑問に逐一答えてくださり、現地でもお世話になった田中幹人編集長。渡米前のみならず渡米中も多大な心配をおかけした 小谷野名古屋支部長等々、数え出したらきりがありません。ひとりよがりの思い込みや思いつきでアメリカまで渡った自分が曲がりなりにも楽しい思い出をたくさん抱えて帰って来れたのも皆さんのおかげだと心から感謝しています。
残念ながら今回は中村先生のクラス自体は受けることは出来ませんでした。しかし、ある意味、それはそれで良かったような気がします(負け惜しみでなく)。
「今回はJKD実践者というよりはファンとしての渡米旅行であり、少しでも技術が上達し、自分から“なんちゃって“の肩書きがとれたら、その時また来ればいい。」
帰りのフライトの離陸時、朝日を浴びるL.A.の街を目下に見ながらそう思いました。
本当に、本当に、素敵なL.A.での数日間でした。
さいごに
さて、冒頭にも述べましたが格闘技経験の少ない方で渡米修行を希望されている方、お読みいただいた感想はいかがでしたか? 自分の力不足で十分に伝わらなかったところも多々あったかと思います。
結論から言いますと、初心者には渡米修行はかなりきついです。練習内容もさることながら、(当たり前のことですが)周りが全員外人という状況の中で腕に自信のないものが、その人たちに混じってやっていくというのは想像以上に体力&神経を消耗します。特に会社に勤めており、数日間しか休みが取れない超短期間の場合、何かの拍子で落ち込んだらそれから抜け出せずに終わってしまい、せっかくの渡米修行が寂しい思い出になってしまう可能性が大です。
よって、出来ればよく知っている仲間と複数で行くことをお勧めします。気心しれたメンバーと一緒でしたら、いろんな苦労もまた楽しく感じられると思います。
それでも、「中村先生のように単身、アメリカに乗り込んでこそのJKD修行だ」あるいは「一緒にいく仲間が見つからないが、一人でも絶対に行きたい」と言われる方、私で良ければ出来る限りの協力をさせていただきます。
是非、頑張ってください。 “Walk On!”